動画投稿サイトでも注目された映像がある。大船渡町の市街地を見下ろす丘から撮影されたものだ。撮影の主は、さいとう製菓株式会社の専務取締役・齊藤賢治さん。東日本大震災当日は、旧本社2階の事務所で執務中だったという。震災後に、被災状況を視察に来られた方々への勉強会などで映像を見せるなか、後世のためにこうした映像の保存や語り部になることを求める声が大きくなり、「大船渡津波伝承館」を開設されている。広く世界中の人たちへ、そして遠く未来の人たちにまで届けたいという思いを、館長を務められる齊藤さんにうかがった。

震災当日の迫力の映像や写真などから
「生き残るための避難」を体感的に学ぶ

「大船渡津波伝承館」で見せていただいた映像は、冒頭から息を飲む。地震で激しく揺れるさいとう製菓の本社社屋(当時)の2階事務所。動揺する女性社員たちの間を、同社専務取締役の齊藤さんが「逃げて! 逃げて! 津波が来るから早く逃げて!」と声を掛け回っている。画面が変わって、次に映し出された映像は、避難した丘の上から大船渡の市街地を望んでいた。津波が湾に流入し、港に停められていた車が次々と飲み込まれていく。やがて防潮堤を乗り越え、漁船同士がぶつかりながら陸に流されてきた。みるみる間に眼前の町は津波に飲まれ、家が流されている。見る者に津波の脅威がひしひしと伝わってくる映像だった。

黄色い看板のある建物が、齊藤館長たちがいたさいとう製菓本社(当時)

黄色い看板のある建物が、齊藤館長たちがいたさいとう製菓本社(当時)

編集された映像では続いて、逃げようとする車で渋滞する道の写真や、市街地の主要道路地図などが示され、「このルートを通った車は流されたけれど、こちらの車は助かっている。わずかに5〜6秒のことが生死を分けたんです」と車で避難することの危険性を説いていた。ただ逃げれば良いのではなく、生き残るための避難のあり方を、リアルに訴えている。

 

「私だけは大丈夫」という正常性バイアスの恐怖
他人事ではないことを強く訴求

「津波で亡くなった方の約4割が避難行動をとらなかった方だというデータがあるんですよ」と齊藤館長が語りかけてきた。

館長を務められる齊藤賢治さん。消防庁の「災害伝承10年プロジェクト」の語り部を委託されている(平成27年度)。

館長を務められる齊藤賢治さん。消防庁の「災害伝承10年プロジェクト」の語り部を委託されている(平成27年度)。

大地震のような緊急時において、その現実を過小評価しようとする心理が働き、ほとんどの人が『私だけは大丈夫、うちだけはひどいことにならない』ことを信じる状態になるそうで、それを社会心理学や災害心理学で “正常性バイアス”というのだと教えてくださる。「津波の知識や警戒心を持ち合わせず、何の根拠もなく『私は大丈夫』と考えていることの恐ろしさ。西日本では、東南海・南海地震が心配されていますが、四国などから来られた方々とお話していても、どこか東日本大震災を他人事のように見ていらっしゃるのを感じます。そうじゃない、いつかはあなたのことですよ、と言いたいわけです。30年以内の地震発生率という言葉は、30年後という意味ではなく、明日かもしれないんですから」と強い言葉で齊藤館長は語られた。

東日本大震災を教訓に、津波の脅威や自然の恵み、そして人間の強さを5,000年後の後世までにも伝えたいと、齊藤館長らは有志で一般社団法人大船渡津波伝承館を設立。平成25年(2013)3月に、内陸部にあって震災の被害から免れたさいとう製菓の中井工場、現在の本社内で仮オープンした。会議室の空き時間の利用ということで、現在は完全予約制だが、開館後、国内外から多くの方が訪れている。来館した方たちから、もっと多くの人に話を聞かせてほしいと講演に呼ばれることもたびたびのようだ。

会議室を借りた館内に展示されるパネル

会議室を借りた館内に展示されるパネル

海外からもアメリカやフィリピンなどから1000人を超える人が訪れており、平成27年(2015)6月には、ハワイ州ヒロ市にあるPacific Tunami Museumと協力協定も結んでいる。両館の目的が、津波の惨状だけでなく救出に必要なことを伝えることにあるとしている点が同じ。思いを共有できると考えた。

 

「あなたに助かってほしいから」をポリシーに
語り部たちやイベントを通して啓発活動

齊藤館長は、地震直後すぐに西にあった丘に従業員とともに避難した。日頃から地震が来たら逃げるのはあそこだと決めていたから、とっさに迷わず向かうことができたのである。「津波の避難には、車は使わず、徒歩ですぐに高台に向かうことです。避難場所は、万一、水が思った以上に上がってきても逃げられるように、背後地がさらに高いところでないとダメ。建物の屋上や背後地のない丘に取り残され、亡くなった方もいます。行政が配布しているハザードマップの想定潮位を鵜呑みにするのも危険です。陸前高田市の例では、避難場所に指定されていた市立体育館で80人の犠牲者が出ました。ハザードマップで想定潮位1mとされていたのに、実際は15.8mにも達しています。大船渡市も湾の入り口が狭いため、想定以上に津波が高くなったと考えられます。地形によって潮位は変化します。津波の力は1㎡あたり3〜7tとされ、家などは土台の柱から折られているわけですから、巻き込まれたらひとたまりもありません。後で、あれは想定外だったと言われても誰も責任はとってくれないのですから、日頃から一人ひとりが心構えをしておくことが大切なんです」と、齊藤館長は会う人ごとに強く語り続けている。

さいとう製菓旧社屋外観。 平成26年(2014)に取り壊されたさいとう製菓の旧本社社屋。屋上の青い標識は、ここまで水位が到達したことを示すもの。現在は津波伝承館に展示されている。

さいとう製菓旧社屋外観。 平成26年(2014)に取り壊されたさいとう製菓の旧本社社屋。3棟の真ん中、事務所棟の2階天井まで水位が到達したという。

平成26年(2014)に取り壊されたさいとう製菓の旧本社社屋。

地震直前まで、齊藤館長が執務をしていた事務所内のようす

津波伝承館では、大学生や高校生といった次世代を対象とした「全国津波フォーラム」や、スマートフォンでチェックポイントをめぐりながら避難ルートを体験するイベントを開催するなど、館外でも積極的に啓発活動を進めている。

映像の最後にテロップで流された同館のポリシーは「あなたに助かってほしいから」。すべては、その願いに向けられている。

三陸土産として親しまれる、さいとう製菓の「かもめの玉子」

三陸土産として親しまれる、さいとう製菓の「かもめの玉子」

 

【津波伝承館】

住所:さいとう製菓株式会社 七郷ホール
岩手県大船渡市赤崎町字宮野5-1

開館時間:10:00〜15:30

定休日:毎週水曜日

プログラム:1回目 10:00〜、2回目 13:30〜(完全予約制)※予約は3日前まで

入館料:大人(高校生以上)500円、中学生300円、小学生100円

問合せ・申込み:0192-47-4408

e-mail:oft.tsunami.museum@gmail.com

Share on FacebookTweet about this on Twitter