一見すると何気ない生活道路のようだが、急な階段を上りきったところで崖にへばりつくようにして細い道が整備されている。通称「浜町避難道路」。ここへ逃げた100名ほどの市民の命が救われたという。もともとは、このように舗装された道ではなく、けもの道のような避難道路だったとか。明治時代から3度の大きな津波を経験した地域の人たちがずっと守り伝えてきたものだった。

 

明治三陸津波の時にも住民を救った避難路
市が整備し直して、今回の震災でも活躍

死者・行方不明者をあわせて千人を超える犠牲者を出した釜石市。防災放送によるアナウンスが、地震による停電で「津波の予想高さ3m以上」で途切れ、その後に気象庁が「6m以上」「10m以上」と訂正した情報が届かなかった市民が大勢いるという。「3mなら、うちは大丈夫」と逃げなかった市民も多かったらしい。

そうしたなかで、いち早く「浜町避難道路」に逃げた約100人は助かった。この避難道路から、眼下の町に残っている住民たちに「早く逃げて〜」と叫ぶ映像が残されている。いち早く避難道路に上がった人には、今まさに津波が港の防潮堤を越えようとしているのがよく見えるが、下にいる住民たちには、建物などに視界がさえぎられて、それが見えない。避難道路にいた人たちには歯がゆいばかりだっただろう。

浜町避難道路の海抜は20m。浜町の町なかは海抜1m

浜町避難道路の海抜は20m。浜町の町なかは海抜1m。

その「浜町避難道路」を案内してくださったのは、「釜石観光ボランティアガイド会・夢ふれあい隊」の事務局長を務められる工藤利明さんだ。平成27年(2015)に「橋野鉄鉱山・高炉跡」が、「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」の構成資産の一つとして世界文化遺産に登録され、ボランティアガイドも増員。現在は総勢28人のボランティアが、市内の観光ガイドばかりではなく、震災の教訓を伝えるガイドをも重要な役割と考え担っている。

「この避難道路はずっと昔からあったもので、明治三陸津波の時も、昭和三陸津波の時も使われて助かった方が大勢いたのです。そこで、釜石市が正式な避難道路として雑草だらけだった道を舗装し、安全のための手すりやフェンスも設置しました。それが、今回の津波の時にも役立ったのです」と工藤さん。避難道路へは、迅速な避難のために4カ所からの登り口が設けられていた。

避難道路への釜石高架橋口。津波で曲がった手すりがそのまま。

避難道路への釜石高架橋口。津波で曲がった手すりがそのまま。

「津波が押し寄せてきた時にここから撮影した新聞社の写真があります。それをお借りしてパネルにしたもので、当日のようすをお話ししています。同じ場所を見てもらえれば、よりリアルに津波の恐ろしさを実感いただけるでしょう?」そして、工藤さんたちが伝えたい第一のことは、「命てんでんこ」だ。

 

99.8%の子どもたちを救った“命てんでんこ”の教育

「市民が千人以上亡くなったのに、市内に3千人近くいた小・中学生のほとんどが避難して助かり、亡くなったのは病気などで学校を休んでいたりした5人でした。亡くなった子どもがいるのでどうかと思いますが、“釜石の奇跡”と呼ばれています。この99.8%の子どもたちを救ったのは、徹底した防災教育だったんですよ」と教えてくださった。

釜石市では、2004年から他の自治体とは異なる防災教育を行ってきた。どこで、いつ地震が起きても「自分で判断、行動すること」を教えてきたのだという。「自分だけ逃げると、探しに来たお母さんが死んじゃうと言った子どももいたそうですよ。それを『そうじゃない、家族がみんなそれぞれに逃げる“命てんでんこ”というのは、家族がお互いに信頼しあうということだから、家族にも、万一の時は自分一人で逃げるから、お母さんも自分のことだけ考えて逃げてねと言うんだよ』と教育してきたそうです」。

驚いたのは、在校中の避難訓練だけでなく、子どもたちが下校中、あるいは放課後に家にいる時間に警報を鳴らして避難させる訓練を、市と合同で行ってきたことだ。実際、釜石小学校はあの日、授業が午前中で終わり、地震のあった時間に学校に残っていた児童は10人だけ。残りは自宅に帰っていたり浜で遊んでいたり、それぞれに過ごしていたのだが、184人全員が自分で山に避難し、犠牲者はゼロ。一目散に山に向かう子どもたちを見て、一緒に避難し助かった住民もいたという。

また、釜石東中学校の生徒たちは、隣接する鵜住居小学生の手を引き、途中、避難路で見つけた保育園の避難を手伝ったとか。先生の「早く行ける者からどんどん先に行け」という機転の利いた指示により、足の遅い低学年の子どもたちに道を塞がれることなく、スムーズに避難が行われたのも、訓練を積み重ねてきたがゆえの冷静さを感じる。

釜石東中学校の生徒たちが、鵜住居小学校の児童たちを連れて避難

釜石東中学校の生徒たちが、鵜住居小学校の児童たちを連れて避難

鵜住居小学校は3階にまで津波が到達した

鵜住居小学校は3階にまで津波が到達した

「釜石港には、“世界最大水深の防波堤”として、2010年にギネスブック世界記録に認定された津波防波堤があったのですが、津波でほとんどを壊されました。今、また同じ規模のものを建設中ですが、前の津波防波堤もあれがあったからこそ、遡上高が20mになるところを50%減の10mになったことや、津波の市街地への流入時間が遅らせることができたというデータがあります。完全に防ぐことはできなくても、果たす役割はあるのではないかと考えています」と工藤さん。あとは、“命てんでんこ”を、一人でも多くの人に語り伝えていきたいと考えている。

「釜石観光ボランティアガイド・夢ふれあい隊」事務局長の工藤利明さん

現在の釜石港が見下ろせる大平墓地公園で、「釜石観光ボランティアガイド会・夢ふれあい隊」事務局長の工藤利明さん

【釜石観光ボランティアガイド会・夢ふれあい隊】

●内容:基本コース/スペシャルコース(同行案内)

「震災からの教訓・防災学習」は基本コースの一つです。

●活動期間・時間:通年 9:00〜17:00

●休日:年末年始

●料金:3,000円/3時間コース

ガイド1名で40名(観光バス1台)まで案内

所要時間は内容によって異なります。

●予約方法:原則として8日前までに電話またはファックス、メールにて予約

●問合せ・予約:釜石観光物産協会

TEL.0193-22-5835

FAX.0193-31-1166

e-mail kamaishi-kankou@taupe.plala.or.jp

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