地震による大津波の恐ろしさを知らない町ではなかった。いや、過去の津波の教訓を生かそうと、全国的にも稀に見るX字型の大防潮堤を建設するなど、宮古市田老は、防災意識の高い町として知られていたのだ。しかし、東日本大震災では大きな犠牲を払ってしまった。現在、「学ぶ防災」として、6人のガイドが被災現場である防潮堤などを案内、生き残るための「心の防災」を訴えている。

過去の大津波の教訓から建設された全長2,433mの大防潮堤
それへの過信と油断が大きな犠牲を出すことに

学ぶ防災ガイドの澤口強さんと合流し、まず向かったのは防潮堤だった。第一防潮堤の上に立つと、X字型にあったという防潮堤の位置関係がよくわかる。昭和8年(1933)の昭和三陸地震で、当時の人口の約8割にあたるという1,859人の犠牲を出した田老は、翌年から防潮堤の建設に着手。第一防潮堤を昭和33年(1958)に、第二防潮堤を昭和54年(1979)に完成させている。高さ10m、全長2,433mもの大防潮堤に囲まれて、町の人たちはずっと守られ続けると信じていただろうに、東日本大震災の津波の高さは岩手県の調べで16.3m。第二防潮堤を破壊し、第一、第三防潮堤をも軽々と乗り越えてきたのだ。所々に残骸を残すばかりの第二防潮堤が痛々しい姿をさらしている。
「第二防潮堤が壊されたことで、さらに悲しいことは、家屋やご遺体が引き波によって沖に持っていかれ、行方不明のままの方が多くいらっしゃるということです。第一防潮堤は津波から町を守ることはできませんでしたが、壊れなかったことで沖に流されることだけは食い止めました」と澤口さんは語る。

第一防潮堤と第三防潮堤

第一防潮堤と第三防潮堤

続いて案内されたのは、テレビニュースでもたびたび目にした、たろう観光ホテル。震災遺構としての保存が決定し、平成28年(2016)春の正式な公開に向けて工事中だという。そのそばに立つ電柱と比較して、澤口さんが「この電柱の高さぐらいの津波が来たのではないでしょうか」と言う。仰ぎ見れば、津波の脅威が少し想像できるような気がした。

工事中の旧たろう観光ホテル

工事中の旧たろう観光ホテル

旧たろう観光ホテルの後ろに整備されている避難道路

旧たろう観光ホテルの後ろに整備されている避難道路

宮古市田老では、防潮堤ばかりでなく、高台に避難しやすいよう町は碁盤の目に整備され、避難道路もあった。それほどに防災意識の高かった田老で、なぜ多くの犠牲が出たのかといえば、10mの高い防潮堤への住民たちの大きな信頼感だったようだ。さらに、防潮堤に視界を遮られて、津波が来ているのに気づかなかったという不運もある。「中学校に避難した約300人の住民は当初、津波が見えなかったんですが、港に入ってきた津波が高くしぶきをあげたのに気がつき、後ろの山に逃げて助かったという話もあります。過去の被災も長い年月の間に忘れてしまって油断していたり、ここは大丈夫とタカをくくってしまったんですね」。

震災遺構としての保存が決定した「たろう観光ホテル」

震災遺構としての保存が決定した「たろう観光ホテル」

田老地区の被災状況など客観的な情報から
自ら学び、教訓にしていただくための「学ぶ防災」プログラム

宮古観光協会が行っている「学ぶ防災」プログラム。各地から多くの人が訪れるようになり、当初4人だったガイドが、現在は6人に増員されている。そのなかで、田老の住民は1人だけだという。
「『学ぶ防災』プログラムは、他地域で実施されている語り部ガイドとは異なり、田老の現状を見ていただきながら、震災当時、どういうことが起こったのかを客観的にお伝えすることで、自然災害の恐ろしさと命の大切さを知っていただくためのプログラムです。ガイドが個人的な体験をお話することはありません。テレビやインターネットでは断片的な情報しか伝えられておらず、被災地に来ないとわからないことがあると思うので、それを自分の目で見て、勉強していただくことで、みなさんの地域でいざという時にどう行動すべきか、自分で考えていただくためのヒントをお伝えすることが、当プログラムの目的なのです」(澤口さん)。

「通常のガイドではあまり話さないことですが」という澤口さんご自身の震災当日の話を聞くと、偶然、あの日は配達で田老を回っていたところ、大きな地震に見舞われ、咄嗟に車を降りたのだとか。地域の人たちが山の方に向かっているのを見て、導かれるようについていったのだという。高台から眺めていた時の町の風景に、最初は音の記憶がなかったと澤口さん。しばらくして、家が津波に飲み込まれる時のバキバキという音が耳に響き、整備工場に停まっていた車が一斉にクラクションを鳴らし始めた。道の駅で一夜を明かし、翌日、町に出てくると、至る所がガレキだらけで普通に歩くことができず、町の人たちは防潮堤や線路を道代わりにしていたという。

「万里の長城」と呼ばれた防潮堤は再び整備されるが、もう田老の人たちがそれを過信することはないのだろう。震災前の町の中心部は、野球場と道の駅に整備され、住宅は高台に移転すべく、現在造成中だ。高台で暮らすのが困難な住民のために、避難道路を備えた公営住宅も造られる。澤口さんの「震災に備えて、一人当たり1日3ℓの飲料水を常備しておくこと、あと万一の時のためにペンライトや笛などを持ち歩くことをお勧めします。忘れていけないのは、一人ひとりの『心の防災』、自分の命は自分で守るという心構えです」と強く語られた言葉を多くの人に伝えたいと思う。

震災前の町の中心部は野球場と道の駅に整備される

震災前の町の中心部は野球場と道の駅に整備される

高台に住宅を移転するために造成中の音部地区

高台に住宅を移転するために造成中の音部地区

【「学ぶ防災」ガイド】

■内容:防潮堤+DVD鑑賞(30〜60分)
防災エコツアー体験コース(120分)
■活動期間・時間:通年
■料金:ガイド1名あたり4,000円
※ガイド1名で1〜20名まで対応可)
■予約方法:電話にて予約
■問合せ・予約:宮古観光協会 学ぶ防災係
TEL.&FAX 0193-77-3305

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