「ようこそ、いらっしゃいました。」
到着した送迎バスから降りる人々をとびきりの笑顔で出迎える南三陸ホテル観洋の女将、阿部憲子さん。高台にあるホテルの正面玄関を入るとロビーの向こうには見事な三陸の海が広がっていた。

南三陸ホテル観洋の女将、阿部憲子さん

南三陸ホテル観洋の女将、阿部憲子さん

「このロビーのフロアが5階になっていて津波は2階まで来ましたが、お客様もスタッフも全員無事でした。父(創業者の会長)がチリ地震津波の経験からこの立地を選んでくれたおかげです」

観洋1

時代を少しさかのぼる。2008年に宮城県初のデスティネーションキャンペーンが行われた。その時、「『南三陸町の名物は何ですか?』と尋ねられて、料理名が出てこないということに気が付いたんですね」。阿部さんは町の名物となる新しい料理のネーミングに知恵を絞る。太陽のキラキラ、海のキラキラ、そして人の笑顔のキラキラ。男性的な丼もののイメージがちょっと変わった。

reキラキラ丼
そして震災後、この「キラキラ丼」が食による復興を牽引した。南三陸さんさん商店街で、ホテルで、町内の飲食店で、復興への強い思いとともに、丼の花が開いた。四季ごとに変化する地場の海の素材、それぞれの店の個性的な丼ぶりが競演している。

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