気仙沼向洋高校はもともと水産高校だった。実習の利便性から海岸線に極めて近い場所に学校が立地していた。それだけに、震災時に生徒・教職員全員が無事であったことは驚愕に値する。海に近い故の危機意識の高さ、生徒、教職員の臨機応変の行動が生死を分ける境目だったと言われている。

今年5月、気仙沼市は校舎の一部を遺構保存することを発表した。大震災の記憶や教訓を伝承し、防災・減災の拠点となる。犠牲者が出ないということは、遺構を残すうえでも重要なことなのだと実感する。

気仙沼 向洋高校

11月初めの日曜日の午後、校舎近くを訪れた。つるべ落としで日が傾きかける中、枯草を踏み分けて近づくと、校舎の全景が見渡せた。4階部分1メートルの高さまで津波は押し寄せたという。4年以上の歳月を経てもなお、津波の凄まじさがひしひしと感じられる。

学校から近くのお寺さんへ、お寺さんからJRの駅へ、そしてより海から遠い中学校へと、津波に追われて避難する生徒たちの姿が・・・学校に残った先生方が屋上で覚悟を決める姿が・・・・思い浮かぶ。

でも、全員無事だったんだ。よかった。

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