東北から自宅に戻ると、もう「金のさんま」の袋を開けたくなった。

斉吉商店は、気仙沼市街地の比較的交通量の多い東浜街道から一本入ったところにあった。焦げ茶色の2階建てに、金文字で「斉吉」「気仙沼 斉吉商店」とある。おしゃれで、また風格さえある建物に少しびっくりした。よく見るとプレハブを改造した建物であることに気づき、2度びっくりした。

P1000973P1000972斉吉商店は、大正10年から気仙沼で食料品小売業を営む水産の老舗である。平成に入ると水産加工品の製造を始めていたが、東日本大震災で本店、工場共に被災した。驚いたのは、斉吉商店は4か月後には一部製品の製造を開始、半年後にはその販売を再開していたことである。気仙沼は、「海と生きる」を合言葉に復興を進めている。これは、この地域の先人たちが、これまで何度となく津波に襲われても、海の可能性を信じて再起したことを表す言葉であり、海を敵視せずに、海と関わりあいながら暮らしていくという気仙沼の人々の生き方を表現している言葉だそうだ。斉吉商店は、まさにこれを地でいっている。

再建された本社兼工場を拝見させてもらった。仮設とは思えぬ立派な店舗には、食欲を誘う匂いがほのかに感じられ、たくさんの品物が並んでいた。店頭から覗く大きな窓からは、作業所が見える。大きな鍋では、丁寧に魚が煮られるのが見え、さらに興味と食欲が湧いた。

P1000971一番目立つ「金のさんま」は、気仙沼の郷土料理で地元では「さんまの佃煮」と云われるものだそうだ。店員に聞けば、創業から継ぎ足しで使い続けている「返したれ」ゆっくり鍋で炊きあげている。また、この「返したれ」は震災の日に、工場から社員が持ち出し被害を逃れたという逸話があるという。これを聞くと一層ありがたさを感じた。いくつかの品物を斉吉商店で手に取り、大阪への帰路についた。

さんまは大衆魚で、その佃煮ももちろん気仙沼ではなんでも無いオカズである。しかし、大阪で開いた「金のさんま」の袋の中からは、気仙沼で海を生業にする人たちの生活と心意気を感じる匂いがした。口にすると、その覚悟が伝わった。「今の東北」を少しだけ持って帰れた気がした。また、気仙沼に行きたくなった。

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