少し変わった震災遺構をご紹介します。

宮城県は昔から広島、的矢に並ぶ日本有数の牡蠣の産地ですが、中でも石巻地域は生産高、品質ともに宮城を代表する“牡蠣処”です。秋から冬のシーズンに石巻を訪れて牡蠣を食さずに帰るのは全くの片手落ちと言わざるを得ません。

実は、この石巻の牡蠣養殖の隆盛の礎はある人物によってもたらされたものです。沖縄県大宜味村出身の宮城新昌氏です。氏はアメリカ、カナダでカキ養殖の技術を学び、帰国後、垂下式という牡蠣の画期的な養殖技法を考案しました。その最適地として石巻の万石浦、荻浜を選び、牡蠣養殖を飛躍的に発展させました。今や世界の食用カキの80%は石巻にルーツがあると言われるまでに石巻産カキの名声を高めたのです。氏が「世界の牡蠣王」と呼ばれるゆえんです。

この宮城新昌氏の顕彰碑が1979年に建立されましたが、2011年の東日本大震災の津波によって流され真っ二つに割れてしまいました。その後大宜味村の皆さんの援助もあって2013年の10月に新しい顕彰碑が建ちました。二つに割れた以前の顕彰碑もその傍らに横たわっています。「震災」と「偉業」を伝えるこれらのモニュメントは荻浜に静かに並んでいます。

sn3sn2ところで、かつて「料理の鉄人」という高視聴率番組があったことを御記憶の方も多いと思います。その審査員を務められ『おいしゅうございます』というキーフレーズで有名な食生活ジャーナリストの岸朝子さん(2015年逝去)のお父さんが実は宮城新昌氏なんです。その縁で岸さんは石巻の「食」による地域振興のために何度も石巻を訪れてくれました。生前岸さんは「栄養があって美味しい牡蠣を、豆腐のように食べさせたい、というのが父の願いでした」と語っていました。親子二代で石巻の「食」に大きな貢献されたのでした。

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