震災からの復興は進みつつあり、しかしなおまだその道のりは遠い。それがボランティアガイドの説明によって心に深く刻み込まれた。

今回同行してくれたボランティアガイドの齋藤さんは、石巻観光ボランティア協会会長を務める方である。その日は我々の前にすでに別のグループを案内され、ほぼ毎日ガイドをされている。

この協会のガイドをこれまで約9万人の人が利用したという。ガイドは通常、観光客の乗るバスや車に同乗して説明をして街をまわる。必要な地点で車を止め、時には車を降り、震災時や津波の状況の説明を震災前の街の写真をと比べながら説明をしてくれる。

石巻での震災時の話は、訪れずともメディアの報道などで私たちも知っていることがある。多くの子どもの命が失われた小学校、すっかりなくなってしまった海岸沿いの松林、その場の機転や判断、または運によって救われた多くの命とその物語。そして、なくなった街の跡の更地や工事現場。実際に説明を受けてまわり、初めてそれらの出来事の重さに気付くのである。

ガイド中の様子

ガイド中の様子

今回、私たちのルートは、JR石巻駅前から出発し、海岸沿いをまわって再建されたばかりの石巻魚市場に立ち寄り、門脇小学校、日和山(ひよりやま)に行くというものだった。

日和山は、なだらかな台地型の丘陵で、頂上には鹿島御児神社が祭られている。本来であれば、日和山は、港から山のふもとまで広がる街や、海に流れ込む北上川、その上流に広がる市街地などが見渡せる素晴らしい場所である。地震の後、津波は40分たって押し寄せた。ふもとの門脇小学校の生徒は津波に備えて日和山に避難し、無事に助かったそうだ。その時、多くの住民、学校の生徒、工場で働く従業員など様々な人が一時1万人もこの山頂の神社の広場にいたという。その日は雪の降る寒い日で、そこから自分たちの街に押し寄せる津波を目にしてしまったそうだ。今そこから見える風景は、更地になった街であり、復興に向けて整備が進む姿である。

ガイドの齋藤さんの話を聞いたからと言って、経験しない私たちがすべてを理解できるわけでもない。しかし、ここで実際に説明を受けずに見るだけで帰れば、もっと何もわからず、ただ「大変だった」、「気の毒だ」と思って帰ることになってしまっただろう。

ガイドの齋藤さんご自身も、もちろん被災者の一人であり、自身のお話も交えながらお話される内容はどれも心に深く残る話である。当初ガイドを始めた頃は、地元の人たちからの反発もあったとも聞く。もちろん「見る」側の私たちも、観光的に「見に来る」ことにとまどいもある。しかし、「今は地元の人も応援してくれる」、「だんだん落ち着いてきたら、今度はどうやってこの災害の教訓を残すか」、「この街が今後どうやって食べていくのか、観光に来た人たちが石巻から何かを学び、そして、この地で食べて、お金を使って帰ってくださることは、今の石巻には大事なことである」、「だから石巻に来て、食べて、買って帰ってくださいとみなさんにお伝えしているのです」、と齋藤さんはおっしゃられた。

ここは、とまどいなく来るべき所であり、話をちゃんと聞き、そしてちゃんと食べて買って帰ることが今の私たちにできることの一つであると感じた。一体今の私たちに何ができるのだろうか、深く考えさせられたツアーだった。

鹿島御児神社の鳥居

鹿島御児神社の鳥居

日和山から見た風景

日和山から見た風景

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