東北を旅して日本を考える

震災から学ぶ

荻浜 宮城新昌顕彰碑

少し変わった震災遺構をご紹介します。 宮城県は昔から広島、的矢に並ぶ日本有数の牡蠣の産地ですが、中でも石巻地域は生産高、品質ともに宮城を代表する“牡蠣処”です。秋から冬のシーズンに石巻を訪れて牡蠣を食さずに帰るのは全くの …

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女川ポスター

震災遺構については、後世に震災の教訓を伝えるモニュメントとして残すべきか、被災者の感情に配慮して取り壊すべきか、という難しい議論があります。 女川町では、旧女川交番を震災遺構として保存することになっていますが、ここでは全 …

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奇跡の一本松

「白砂青松」という日本の風景の見事な典型であった高田松原。その以前の姿を知る人にとっては信じ難い風景であり、たった一本残って立つ松の姿は本当に奇跡を感じさせる。 樹齢300年を超える松が7万本あったと言われる。10メート …

一本松

宮城県気仙沼向洋高等学校

気仙沼向洋高校はもともと水産高校だった。実習の利便性から海岸線に極めて近い場所に学校が立地していた。それだけに、震災時に生徒・教職員全員が無事であったことは驚愕に値する。海に近い故の危機意識の高さ、生徒、教職員の臨機応変 …

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防災対策庁舎

各地の震災遺構の議論で必ず取り上げられる南三陸町の防災対策庁舎。町の嵩上げ工事が進む中で今(2015年10月)は、周囲の土盛りに囲まれて、そこだけが震災当時の空気を静かに伝えている。

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第二防潮堤

地震による大津波の恐ろしさを知らない町ではなかった。いや、過去の津波の教訓を生かそうと、全国的にも稀に見るX字型の大防潮堤を建設するなど、宮古市田老は、防災意識の高い町として知られていたのだ。しかし、東日本大震災では大き …

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浜町避難道路

一見すると何気ない生活道路のようだが、急な階段を上りきったところで崖にへばりつくようにして細い道が整備されている。通称「浜町避難道路」。ここへ逃げた100名ほどの市民の命が救われたという。もともとは、このように舗装された …

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JR陸中山田駅の大時計

釜石・宮古間のJR山田線がまだ復旧されておらず、道の駅やまだからバスで、山田町の市街地へ入る。今は、バス停の位置も当てにならない。一帯は復興工事の真ただ中で、その工程によってバス停があちらにこちらに移動するからだ。震災か …

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大船渡津波伝承館

動画投稿サイトでも注目された映像がある。大船渡町の市街地を見下ろす丘から撮影されたものだ。撮影の主は、さいとう製菓株式会社の専務取締役・齊藤賢治さん。東日本大震災当日は、旧本社2階の事務所で執務中だったという。震災後に、 …

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「奇跡の集落」吉浜

三陸沿岸の多くの町が甚大な被害を受けたなかで、大船渡市の吉浜地区は、行方不明者1名、流失家屋4軒と被害が軽微だったことから、取材に訪れた新聞記者たちによって「奇跡の集落(ミラクルビレッジ)」と称され、その名を知られること …

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